日本人同士が英語でやりとりする

GitHubでは、日本人同士が英語でやりとりするのをたまに見かける。単にお互いの母語がわからない状態でたまたまそうなってしまった場合だけではなく、アイコンやユーザ名から日本人だとわかるところでも、あえて英語を使っていることがある。これはどうしてだろう?

  1. GitHubはサイトが英語で、みんなもissuesに英語を使っているから
  2. 英語話者がプロジェクトを見つけられるように・興味を持ったときに困らないようにしたいから

1について。なんかこうGitHub使ってると「README英語で書かなきゃな!」みたいな気持ちになる。

主に英語を使っているリポジトリのIssueを見ると、英語が一番多いのは当然だが、中国語で書かれたIssueも目立つ。日本語はほとんど見られないのが面白い。漢字文化圏にありつつも義務教育で英語を勉強してきた身にとって、日本語ー英語と日本語ー中国語でそれぞれの距離(読みにくさ・抵抗)はそれほど変わらない。こういうポジションは割とレア(日本だけ?)なんじゃないかと思っている。中国語や英語のネイティブがどう思っているのか気になる。

2について。GitHubは基本的にオープンな場所だ。アカウントさえ持っていれば誰でもどこでも閲覧できるし、議論や開発に参加できる。「オープン」というのは目的に関して言っていて、たとえ最初は自分のソースコードのバックアップに使っていても、あとから他のプロジェクトにプルリク送ったりバグ報告したりするときの障壁が低いということ。最近はコミッタだけにリプライを制限する機能もあるが、readに関してはそのような壁はない(脆弱性報告を除く)。つまり「ふらっと」立ち寄るのが簡単だといえる。

しかし、日本語というマイナー言語(英語に比べればどんな言語もマイナーだ)でやりとりしていると、それが潜在的な壁となってしまう。よって、オープンな環境で開発を進めるには、英語を使って、将来のコントリビュータを含む第三者に議論の内容を理解してもらうことが望ましい。

対して、Slack, Discordなど目的別に集まる(目的について「クローズド」な)グループではそのような第三者の存在を考えなくてよい。あるいは参加してくれそうな第三者の集団が限られる。JAWS, rust-jpなど日本語話者向けのコミュニティでは、英語の参加者を想定する必要はないから、母語の日本語で円滑なやりとりをする方向に進む。

ここに副作用がある。筆者にとって日本語を使うことは敬語を使うことであり、敬語を使うということは気を遣うということだ。 https://obedient-caesar.netlify.app/quotes-in-textbook/ も参照。

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